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秋の夜長

秋の夜長。この言葉って、故事でもことわざでもないんだね。

慣用句って……? うわあっ……初っぱなから墓穴を掘ったあ! 国語、まったく駄目なんだよ私は。



  Diana Ross & The Supremes
  Ain't No Mountain High Enough


  ああ、この曲がやっと使える。
  この喜びを皆様に伝えたい。


 「アハハハ。ワカル。ワカル。
  毎回、入れたがってたもんなあ。
  いつも土壇場で忘れちゃって・・・
  アホだから・・・」
  と♪党首。



【ボーズにツメエリ ビンタとお座り】

 サブタイトル付けちゃったりして……。

『もー秋だよ』で小学校の体罰と暴力教師についてウンチクっちゃった訳だが、今回は中学校の時の事を書いてみたくなった。

 何故書きたくなったのか? 死期が近づいてきたのだろーか?

 ま、面白いと思うけど……。






 小学校の卒業が近づくにつれ、男子達には緊張が走った。

 同じ学区内の、つまり進学予定の中学は、坊主頭と詰襟学生服が決まりで、暴力教師がハードストロングぶりを競い合っているという噂だったからだ。

 当時は、それがアタリマエだった。

 だが、珍しく坊主頭じゃない、開明的な中学も川向こうにあって、希望すればソッチを選べるという噂も駆け巡っていた。

 しかし、当時の、しかも田舎では、

「ボーズが嫌だから、トナリの中学へ行きたい」

 なんて、ヌカせる身分のガキなんか、いる訳もなかった。

(後で判った事だが、現実には一人だけいたのです。やはり、イートコのムスコさんだ。意識が全く違うんだよなあ。流石です)



 入学式の日だった。

 校庭に整列して、校長先生の長々しい挨拶を聴き終えた。

 今度は一年生の担任の一人がマイクに向かった。

 ふと気がつくと、先生方が並ぶ前の方の、端っこにある壇上で、小学校でクラスメイトだったヤツがコッチ向きで、つまり全校生徒に向かって、正座させられていた。

「あれ? ヒロシじゃないか。アイツ何やってんだ?」

 と、俺たちは、ざわついた。

 マイクに向かった中年の男性教師がドラ声を発した。

「おめだず(お前達)、こーゆーのは、駄目だぞ!」

 そして正座する長谷川ヒロシ君を指差した。

「何が駄目なんだ?」

「どーゆー事だ?」

 と更に、ざわめいた。


「いいが? この頭は坊主じゃねえぞ! こりゃ角刈りっつうんだ!」

 ちょっとでもシャバッ気を残したくて、土壇場になって角刈りにしたヤツが、何人かいたのだ。


「いいが? おめだず。規定通りの頭になんねば、バリカンで5厘刈りにすっからな!」
(東北弁でスミマセン。東北だったもんですから)

 見れば、上級生の中には、痛々しくも青々しい、丸禿げのような頭がチラホラと混じっていた。

 これが恐怖の5厘刈りだ!

 本当に夢も希望もない。そんな感じがして、新入生の俺たち男子は、のけぞってしまった。

 規定限度の五分刈りの頭をなでて、確認する。

 成れぬ詰襟の、セルロイドの襟カラーで首が痛い。

「うわあ。初日から見せしめの正座かよー! これが中学かあ

 と、俺たちは、心の中で叫んでいた。


  Stuff
  (Do You) Want Some of This


  一流のバック演奏ってモンを、フロントに引っ張り出した。
  このレコードは革命的なシロモノだ。

  余計なお世話だ。と解っちゃいるが・・・
  書かずにはいられない。


 「だよな。当時は猫も杓子も『スタッフ』だった。
  お前ら(参照太夫の世代)にとっちゃ、神様だもんなあ」
  と♪党首。


 「はあ・・・やっぱガッドは、ゴッドでありんすなあ!」
  と
磯川が憑依している参照太夫。




 そのドラ声が俺たちF組の担任だった。

 さっそく生徒を引率して教室へ向かった。

 途中、階段の所でふざけて騒いだヤツが2人いた。

 ──パパンパーン!

 と見事な平手打ちが炸裂。

 2人同時に食らった。

「おめだず、小学校の気分は抜がねば駄目だぞ!」

 とおっしゃった。

「可哀相にへモトのクラスか」

「ひひひ。運がねえ奴らだ」

 と聞こえよがしな上級生のささやき。

「聞こえたぞ!」
 と言うなり、階段を駆け上がり、

 ──パパパパパパーン!


 と速射砲のような平手打ちが炸裂。目にも留まらぬ早ワザだ。

 上級生の2人はダラリと鼻血を垂らした。






 実際のところ、ヘモトはマシな先生だった。むしろイイ先生と言うべきだろう。

 何故なら、その後、ほとんど殴らなかったし、生徒の話をよく聞いた。話好きだったのだ。

 かなり悪い生徒の場合でも、平手打ちだったからだ。

 では、他の先生は拳骨で殴ったのか?

 勿論、拳骨もある。ぐーの場合は頭をゴンゴン。

 それ以上がいた。

 竹刀(シナイ)で殴る先生と、太い青竹で殴る先生だ。

 まあ竹刀の方は、多分にこけ脅しで、叩く場合でも尻とか太股だった。

 問題は、青竹の方だった。

 コイツは丸パーなヤツで、社会人だって事が不思議に思える程、ヒドかった。

 実話なので、本当にヤンナッチャウ。

 キチ〇イが野放しになってるのが教職の世界だ。

 と、考えざるを得ない。

 申し訳ないが、私は今でもそう思っている。

 そもそも、自分より弱者に囲まれた環境で生息していると、人間という奴は傲慢な馬鹿になるのだ。

 しかも、教員同士で褒めあい、慰めあっているだけでは、どうしても内弁慶的な閉鎖社会を作ってしまう。

 程度の低い傲慢さが助長されるばかり。


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 Richard tee
 Send One Your Love

 Stuffでのプレイは一世を風靡した。

 上の曲の、後半のエキサイティングなピアノは
 本当にシビレます。


 これはスティービー・ワンダーの曲。
 完璧なボサノバだったんだねえ。




 まあ実のところ、私はそれほど殴られた訳じゃなかった。

 入学式当日のヘモトにしたって、「舐められちゃイカン」という気負いがあったから、あんなパフォーマンスを繰り広げたのだろう。

 では、何故書いているのか?

 毎日、体罰を目撃した事と、〝青竹〟のような異常者が現実にいたって事を、お伝えしたいからなのだ。



まず、平手打ち及び拳骨による殴打。(まるでアムネスティの拷問白書だね。ひひひひ)


 実は私は、サッカー部に入部したのだ。

 当時は流行らなかったが、幼少のみぎりより、おピアノ及びモルガンの英才教育を受けて育った身の上としては、大事なゴールドフィンガーを痛めずに出来るスポーツと言えば、アソシェーションフットボール。蹴球。そうです。サッカーなのですよ。

 優越的遺伝子に満ち満ちている天才な私は、運動神経もいいので、一年生も中盤から、レギュラーに抜擢されちゃった。

 こうなりゃガッコの宝ですもんね。

 それから、ここは大事なトコだが、私という人間から滲み出す、いと高き人徳のオーラが、阿呆で野蛮な先生方を恥入らせ、恐れ入らせ、おおいに怯ませたって事だ。



「あのね。ロッカ先生、酔っ払って書いちゃ駄目でありんすよ。ビタミンマッカリ? 変なものがありんすな」
 と参照太夫が言った。


 まあ、参照太夫も飲め飲め。ワハハハハ。

 それと、アハハハ。実は、咄嗟に、ビンタを、よけちゃったのだ。

 みんな観念して、黙って殴られているのが、私には不思議だった。

 反抗しないで、黙ってよける。これって、やってみる価値があったって事だ。

 結果は、

「卑怯者! オマエのような奴は殴らん! 手が腐る! そこへ座ってろ!」

 これは2年生の時の担任だ。よく職員室で正座させられた。

 職員室は楽しい所だ。先生方のゴシップが聞けるから、自然、情報通になった。



 先に書いたヘモトが入ってきて話しかけてくる。

「なんだ。オマエ、また座らされてるのか。何やった?」

「いや、大福先生のビンタをよけちゃったもんで……」

「あははは。馬鹿だなあ。大福先生は最近、糖尿がヒドくてな。身体がニブッテルから、アタマにきたんだよ。ヨシ、俺がとりなしてやる」

「お願いします。今度は、よけないであげます」

「オマエ……。余計な事、言うなよ」

 こんな調子。

 つまり、先生も人間だから、体力的に、精神的に、弱そうな奴を殴っていたのだ。

 実際、パンパンゴンゴンよく殴ってましたよ。みんな、律儀に食らってました。


 注。私はけっしてフテブテシイ青少年だった訳じゃない。

   小学校の時、父親にビンタを食らって鼓膜が破れた友達がいたのだ。
   勿論その父親は、かなり落ち込んだと聞いた。

   その時思った。

   ──そうだ。殴る方だってプロじゃないんだ。怪我をさせたら、殴った後で悔やむんだ。
   耳は大切だ。ベートーベンみたくなったら困るじゃないか。
   よーし! ビンタは、できるだけ、よけちゃおう。


 体罰ってモンは、ビンタが王道だから、先生方は皆、例外なく繰り出してきた。

 本当に、些細な理由でね。

 まるで〝ビンタをためらう者は教職に非ず〟ってな調子。

 これをよけちゃうと、最初は面食らった顔をしていた先生方も、やがて、

「コイツは心底、根性が腐っている」

 と皆、納得してくれた。



「本当に酔っ払って書いてやがる」
 と♪党首が言った。


「心底、馬鹿でありんすからねえ」
 と参照太夫。


「面白い話をしてやる。〝よける〟にまつわる話だ。イーダロ?」
 と♪党首。


「どーじょ」
 とロッカ。


 いつしか宴会になっていた。ホレ、♪マッカリマッカリ、ビタマッカリ! ホレホレ。

「おいロッカ、
何か、変なのが来て、一緒に踊ってるぞ!」
と党首。


「へ? 気にしない気にしない。ア、ホレホレホレ」
とロッカ。







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 Chico Pinheiro
 Send One Your Love

 ボサノバスタイルにハマッちゃいました。

 原曲聴いちゃうと、ボサノバがスットンじゃうので、
 スティービー・ワンダーはアップしません。

 それにしても、この、スケコマシ風ギタリスト
 (有名なヒトなのだろうが)
 歌わしておいて、2:09~タマラズ、アドリブを繰り広げちゃう。
 ……。ウププです。

 バンドじゃ嫌われるタイプだが、凄ウマだね。






【一式陸攻の話】    ♪党首

 一式陸上攻撃機

 用途:双発攻撃機
 分類:陸上攻撃機
 設計者:本庄季郎
 製造者:三菱重工業
 運用者:日本(大日本帝国海軍)
 初飛行:1939年10月23日
 生産数:2,435機
 運用開始:1941年6月
 退役:1945年



 俺がお世話になったアノ社長。な。一式陸攻に乗ってたんだ。
 海軍の軍人で〝一式〟が自慢の種だった。

 本当の話だからな。

 水雷攻撃の時、「つっこめ!」と言われて、若い機長の機は、すぐ撃墜されちゃうんだそうだ。

 何故なら、素直にまっすぐ突っ込むから、機銃掃射の弾幕に当ってしまうんだと。

 だから、ベテランほど生存率が高くなる。

「弾を〝よけるな〟と命令されてる訳じゃないからな。
 ベテランの機はこうやって、蛇行しながら行くんだ」
 と、いつも手の平を、左右にひらひらと動かしてたよ。

「ま、弾幕は、真っ直ぐ突っ込む機に集中するからな。
 可哀相に。とは思うが、コッチも必死だ。

 だから教えてやらない。ふふふ。オトリだよ。
 自分だけは死にたくないのが本音だ。

 水雷を落とすと、揚力が増して、機がグンと跳ね上がるんだ。
 半端じゃねえぞ。気をつけないと、頭ぶつける程だ。

 軽くなったところで、スイーーーと一目散だよ。
 〝死ね〟と命令されてる訳じゃないからな」

 と社長は言った。
 どーだ。為になるだろ。

 なにしろアノヒトは中国人のバイトの前だって言うのに、

「コーリャン畑でクーニャン追いかけてな……」

 これだからな。

 あはははは。こっちが困っちまう


 高射砲じゃなくて高角砲。魚雷じゃなくって水雷だ。懐かしいなあ。



 ラバウルで、ついに特攻命令が出た。

 観念したんだが、何故だか撤回されたって言うんだ。

「なんでですか?」

 と聞いたら、

「撤退が近くなってな。
 お偉方も内地に引き上げる事になった。
 自分の乗ってく機は、新米機よりベテラン機の方が安心できるからな。

 お偉方ってのは、いつの時代でも、イー気なもんだよ」
 と答えたんだ。

 本当にお世話になった。イイ人だった。

 死んだ訳じゃないよ。今は郷里の養老院にいる。見舞いに行かなきゃな。




 注。この社長は日本で初めて、新橋のパチンコ屋で「軍艦マーチ」を流した人で、その事はNHKも認定しています。(取り上げられて出演した。)

 パチンコ業界からはすぐに撤退したのだが、宴会場や銃砲店その他、様々な事業を繰り広げた。

 ご子息(副社長)がバブル期に土地を購入しまくった結果、事業はすべてオシャカになった。


 ちなみに♪党首は、この会社においては、副社長の派閥であった。

「うっ! よけいな事、書くんじゃねー!」
 と♪党首。



「見事な脱線でありんすな。次回は青竹先生の暴力伝でありんすか?」
 と参照太夫。


 そーなります。実話です。凄いよ。


「え? 青竹先生って? アノヒト? しえーーー!」

 と入ってくるなりヘス(ロッカの幼馴染。ロッカバンドのシンガー)が叫び声をあげた。




---- つづく ----

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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/08/30 01:02
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